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2018年9月24日 (月)

行動経済学も怪しい

 従来の経済学はヒトが全く合理的であると仮定し、そのとおり動くとする。しかし、ヒトは合理的には動かない。その前提に立って(つまり今までの経済学を根底からひっくり返し)見直したものが行動経済学である。
 
 有名なヒトの非合理性について、以下のような質問がある。
 
1:
 くじを引くと10分の1の確率で1万円がもらえるか、10分の9の確率で何ももらえない。一方で確実に1,000円もらうことができる。あなたはくじを引くか?
 
2:
 くじを引くと10分の1の確率で1万円を支払わなければならないか、10分の9の確率で何も支払わなくていい。一方で確実に1,000円支払わなければならない。あなたはくじを引くか?
 
 行動経済学において、多くの人は1:でくじを引かず1,000円をもらい、2:ではくじを引いて1万円を支払う可能性を取る。これをとって「非合理的だ」と言う。なぜなら、もしある人が合理的だとしたら、同じリスクとリターンをとるはずだからだ。
 
 すなわちリスクを取る人であれば、1:でも2:でもくじを引く。その見返りにより大きなリターン(1万円)を得たり、より小さな損失(支払わなくていい)で済む。反面、くじがはずれた場合には全くリターンがなかったり、1万円を支払わなければならなくなったりする。
 
 逆にリスクを取らない人であれば、1:でも2:でもくじを引かない。いずれの場合も「確実に」利益と損失を出す。
 
 だが、この質問を聞いて、いつも何か腑に落ちない感覚を持っている。合理的な人は本当に常にリスクを取るか、取らないかになるのだろうか?
 
 今日思いついたことを。学校でも銭湯でもいいから、靴箱をイメージする。5かける5の25の靴箱が壁に並んでいる様を想像しよう。全ての靴箱には扉がついていて、中は見えない。
 
 ここで、どこかに10万円を入れる。あなたは靴箱の前に立たされ、次のように言われる。「今からこの靴箱の中から一つ開けてもらい、その中に10万円があれば、そっくりそのままさしあげます。何も入っていなければそれまで。しかし靴箱を選ばず、4000円を確実にもらうこともできます。どうしますか?」
 
 同様に次のようなゲームも行う。25の靴箱のどこかにドクロマークが書かれた紙を入れる。あなたは靴箱の前に立たされ、次のように言われる。「今からこの靴箱の中から一つ選んで、その中にドクロマークがあれば、10万円を支払ってもらいます。何も入っていなければそれまで。しかし靴箱を選ばず、4000円を支払って終えることもできます。どうしますか?」
 
 もちろん大前提として、「なぜ靴箱の前に立たされ、カネをもらったり支払ったりせねばならんのだ?非現実的だ。」ということはある。交通違反の罰金支払いにおいて、まさか警察署の前でこのようなゲームが行われることもない。
 
 さて、本論に戻る。ここで確実に4000円もらう一方、25分の1の確率でドクロマークを引かないことを願って靴箱を開ける「非合理的なヒト」は、本当に非合理的だろうか?やはり靴箱を開けるのならどっちでも開けて、開けないのならどっちでも開けない。これこそが合理的なのだろうか?
 
 わたしはむしろ、この「非合理的なヒト」こそ合理的なのだと思う。なぜか。そこには一貫性があるからだ。いずれにしても「25分の1の確率」を直感的に把握し、その可能性を見積もっているのである(ただし直感の正確さは不明である。)
 
 25分の1と聞いたとき、わたしは「小さい」と思う。4%だ。だから靴箱を開いて10万円を当てることはほとんどないだろうし、同様にドクロマークが入っていることもないだろう。よって25分の24の確率(96%)でスカを引くより、確実に4000円をもらったほうがいい。同様に25分の24の確率で助かるのだから、靴箱を開いてドクロマークがないことを願ったほうがいい。多くの「非合理的なヒト」も、このようなことを無意識に考えて選んでいるのではないか。
 
 実はこの視点に立つと、いつでも靴箱を開くリスクテイカーと、いつでも開かない超保守人間のほうこそ、非合理的になってしまう。靴箱を必ず開くという場合、「自分は4%の確率に当たって10万円を手にすることができる」と考える一方、「自分は4%の確率に当たってドクロマークを引くことはない」と考える。これがいかにおかしいことかはすぐわかるだろう。なぜなら同じ4%なのに、「よい4%」には当たるのに「悪い4%」には当たらないことになっているからだ。逆に必ず開かないという場合、「よい4%には当たらないが、悪い4%には当たる」ことになってしまう。
 
 この靴箱問題で重要なのはその金額と確率ではないだろうか。たとえば靴箱が1000個並んでいて、どこかに400万円が入っている。1つだけ選んで入っていれば400万円もらえる。空なら何もなし。靴箱を選ばずに4000円をもらうこともできる。この条件で違うのは、靴箱の数と金額だ。期待値は4000円で変わらない。
 
 注目するのが「1000分の1」である。よく「5人も6人も変わらない」みたいなことを言うときがあるが、どこかの時点で「X分の1もY分の1も変わらない」感覚になるのではないか?言い換えれば「確率のマヒ」だ。最初は25分の1、続いて1000分の1。しかし、このときの感覚は40倍になっているだろうか?そして今でこそ「1000個の靴箱の前に立って」というイメージを抱いているからいいものの、現実にはただ「1000分の1」と数字だけで表されることのほうが多い。いや、1000個のイメージというのは現実にしづらい。しろと言われても簡単にできるものではない(注1。)
 
 4000円もらえるという金額も微妙なラインである。妙に現実感がある金額で、ちょっとしたおこづかい程度にはなる。だからこれを確実にもらえるのだとしたら、こちらを選んでしまうことも決して不思議ではない。これが「確実に100円もらえる」だとすれば、そもそもその金額ならもらわなくてもいいと思って、靴箱を開ける可能性は高い。
 
 金額と確率の絶妙な分岐点はどこか。行動経済学で追及されるべきは、この部分ではないだろうか。もっと言えばヒトの確率への感覚、金額への感覚である。この視点に立てば、ヒトがどこかのレベルまでは合理的にふるまうのに、どこからか非合理的にふるまう、といったことも見えてくるかもしれない。
 
 たとえば靴箱が2つで、どちらかに1,000円が入っている。開けてみて入っていれば1,000円をもらえ、なければ何もなし。ただし、開けずに確実に500円もらうことができる。同様に靴箱2つでどちらかにドクロマークの紙が入っていて、開けてみて入っていれば1,000円を支払う、なければ何も支払わない。ただし、開けずに500円を支払うこともできる。
 
 この条件のとき、ヒトはやはり「非合理的」に、前者では確実に500円をもらい、後者では靴箱を開くだろうか?わたしの場合、前者では靴箱を開き、後者では確実に500円を支払うと思う。意外にも「非合理的」な逆になってしまった。なぜこの選択をしたかだが、500円をもらってもたかがしれている。しかし1,000円となると、ちょっとしたおこづかいという感覚がある。同様に500円を支払うのはあまり気にならないが、1,000円となると痛い。しかも半々の確率となると結構当たりそうな気がする。それなら「かすり傷」の500円を支払ったほうがマシだ。
 
 ここから先は研究課題になるが、確率のマヒはどれくらいから起きるのだろう?ババ抜きで相手の2枚から1枚抜くときと、3枚から抜くときでは、結構な違いを感じる。10枚なんかだと「まずババは引かない」と決め付けてしまっている。10分の1であっても、それをダイレクトに当てることは直感として難しいと思うわけだ。
 
 ところがこれが100分の1、1000分の1、1万分の1あたりになると、どれも似たり寄ったりに感じてしまう。でなければ誰も宝くじなど買うはずはない。それどころか「1万人に1人なら自分にも可能性がある」などと思い始めるから始末が悪い。
 
(注1)
 現実的に1000個の何かを目にすることは滅多にない。したがって1000分の1という感覚を実感するには、「『X分の1』のY乗」でやるしかない。たとえばコイントスで表が出る確率はおよそ2分の1だが、10回連続で表が出る確率は1024分の1で、およそ1000分の1となる。しかしこれでも1枚のコインを10回トスすることと、1000個から1つを選び出すことには大きな感覚の違いがある。コイントス10回連続表は「できそうだ」という感覚に陥ることがある。これは4連続表くらいなら簡単に実現できるからである。4連続できたのだから10連続くらい…といった思い込みだ。
 
 そこで10枚のコインを同時にトスし全て表にする、とすると感覚的には近くなる。ただ、これでも「惜しい」という勘違いをしてしまうので注意が必要である。10枚のうち9枚が表になる確率は、10枚全てが表になる確率の10倍である。惜しくも何ともないのだ。8枚表に至っては10枚全部表の45倍なので、程遠い確率である。「100点以外は全て0点」の感覚で挑まなければならない。

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